9 オーブの象徴にして守護者であったハウメア。それが、キラの剣で砕かれた。 それは、いくら民を救うためとはいえ結果的にはオーブを裏切り、自らプラントに下り忠誠を約した自分を体言しているかのようにキラの目に映った。 一生この光景はキラの脳裏から消える事はないだろう。 キラは跪いたまま、砕けたハウメア神像を目に焼き付けた。 「・・・イザーク。」 王はそんなキラには目もくれず、兵たちを振り返った。 名を呼ばれて進み出たのは、先ほどアスランを激しく睨んでいた青年。 しかし今、彼は名を呼ばれ一歩前に出ても床を凝視したまま。王を直視しない事で、必死に感情を抑えているようだった。 「・・・は。」 「かまわん、顔を上げよ。」 「・・・はい。」 しかし、男は顔を上げようとしない。理由は判らないが、彼の胸には何か激しく渦巻くものがあるらしい。 それが何かは今のキラに知りようはないが、推測は出来る。 プラント軍は征服国を巻き込み膨れ上がった軍隊であり、一枚岩ではない事は知られている。 単純に興味というだけでなく、今後にかけて重要な情報を得られそうな雰囲気を察し、キラはのそりと二人に顔を向けた。 「・・・顔を上げよ、イザーク。それともマティウスの者は礼を知らないか?」 アスランの声色は、怒りや不快感よりも明らかにこの状況を楽しんでいた。 雷に打たれたかのようにイザークは顔を上げた。しかしその表情に怯えはなく、あるのは激しい憎しみ。 しかしイザークは肩までの銀髪をサラリと揺らし、頭を下げた。 「申し訳御座いません・・・。」 明らかに無理をした、言葉とは反対の感情を押し殺した声だったが、アスランは寛容に頷いた。それこそが彼に屈辱を与えるものだと知っている仕草だった。 「まあ、いい。王子・・・いや最早王子ではないか。キラは慣れるまでしばらくお前が面倒を見てやれ。」 「・・・御意。」 ギリっと憎悪と屈辱を手の中で握りこむように、イザークは震えるほどに拳を握りながらも王の命に礼を示した。その仕草は非常に優美で、決して一般の軍属のものではない。子供の頃より厳しく躾けられた事を窺わせるものだった。 「キラ。」 「・・・は。」 名を呼ばれ、キラはフラリと立ち上がる。 プラント王へと額づきオーブの王子としての矜持を踏み躙られ、目の前でハウメア神像を破壊された衝撃はまだキラを飲み込んだままだが、キラの一挙手一投足がオーブに残った民の運命を左右する以上、呼びかけを無視することは赦されない。 「これはイザークだ。お前は俺の側付きとするが、しばらくはこれにお前の世話をさせる。何でも聞くがいい。」 「・・・は、い。わかりました。」 「ああ、似たもの同士、仲良くやってくれ。」 「・・・・・え・・?」 似たもの同士との言葉と、プラント軍の特徴、先ほどアスランがイザークに向かって口にした“マティウス”という地名に一つの可能性が浮かび上がる。 驚き王の表情を伺うが、アスランは既にキラから視線を外しイザークを向いていた。 「・・・イザーク。キラにとりあえず手当てをして服を与えてやれ。その後、一通り顔を見せてから戻れ。多少遅くなっても構わん。」 「・・・承知いたしました。」 イザークの慇懃な返答にアスランは悠然と頷き、もはや此処には何の用も無いとばかりにマントを翻した。 後はキラとイザークには目を向ける事無く、武人らしい大きいストライドで祈りの間を出て行く。 「よし。自軍の被害、城の制圧状況を報告せよ。」 颯爽とした足取りは、まるで何事も無かったかのように。 そうして一足先に螺旋階段を降りて行く王にプラント兵が続き――その中の一人はカガリの身代わりとなった侍女の首を持って行った。万一のことを考えてのことだろう――祈りの間にはキラとイザークのみが残された。 再びシンと静まる冷たい空間。 イザークはアスランに向けていた険しい視線をそのままキラへと向け、きゅっと唇と引き結んだまま微動だにしない。 キラはその視線を受け止めながら彼の出方を探った。 しかし、これは初めから友好関係は築けそうに無いなとキラは自嘲する。 “ある一つの可能性”故に、僅かに期待をしていたキラだったが、そう都合のいい話は無いらしいと改めて覚悟を据えなおした。 キラは自ら歩み寄り、敗戦の責を持つものとして、教えを受けるものとしてイザークへ頭を下げる。 「よろしくお願いいたします、イザーク様。」 しかし返ったのはぶっきらぼうな返答。 「・・・様などいらん。」 「・・・では、なんとお呼びすれば?」 「・・・・・・・・・・・・。」 返答は無い。 先ほどの王との会話に既に疲れきっていたキラは、またあのような回りくどい言葉の応酬をしなければならないのかと、思わず俯いた。 うんざりだった。 しかし、黙したままいつまでも壊されたハウメアの前に立ち尽くしているのは辛い。 気力を振り起こして再び口を開こうとしたが、キラはその前にイザークの低い呟きを聞いた。 「・・・馬鹿め。」 明らかに自分に向けられた声。 反射的に怒りがこみ上げた。 その怒りは先ほど必死に押し殺していた理不尽な扱いへの憤りを揺り起こし、キラはカッとなって顔を上げる。 しかし目の前にあった彼の顔は、けっしてキラを嘲笑するものではなく、キラを見下ろすイザークの目は、どこか憐憫さえ交えたような、悲痛なものを滲ませていた。 口にしたその言葉とは裏腹な表情。 それがどこか自嘲を含んだものに感じられるのは、きっとキラの気のせいではない。 胸にこみ上げた怒りも忘れ、キラは彼の正体を確信した。 |