「っ・・・・・・あああぁぁぁ!!」

叫び声と共に振り下ろした剣は、剣を持ったプラント兵の腕を切り落として壁に当たり火花を散らした。

どれほど時間を稼げたのか、何人を切り倒したのか、キラはもう考えることも出来なかった。

じりじりと後退しながら目の前の敵を切り伏せ、打ち払い、蹴り落とす。

ただ目の前に立ちはだかる敵を倒し続けるだけ。

幸いというか、敵兵は訓練に訓練を重ねたつわものというよりも、普通の市民に剣を与え急ごしらえに剣の基本形を教え込んだといった程度の兵が多かった。

おそらく、プラントが征服した国の民なのだろう。

しかしキラは浮かんだ考えを脳裏からおいやった。目の前に剣を持って在る以上、それはただ敵だ。でなければ、キラの死後この男達こそがオーブの民の未来だという事に気づいてしまう。

次第に疲労がキラを追い詰め、動きが鈍くなり避けきれず血を流す事も多くなった。

数え切れぬ敵を切った剣ももうボロボロだ。そもそも、鋼の精錬に長けたオーブの技術を結集したこの愛剣でなければここまで持ってくれなかっただろう。

プラントの兵が力任せに剣を横薙ぎに払い、キラはなんとかそれを避けるが階段という足場の悪さでバランスを崩す。

「・・・・・・っ!」

が、幸運・・・と言って良いものか、その兵は剣を横に払ったために狭い階段の石壁に刀身を食い込ませてキラに追い討ちをかけることが出来なかった。

その隙にキラは最上階のハウメアの神像が安置されている祈りの間へと後退する。

これで、もう、後はない。

「・・・これまでか・・・・・・。」

神聖な祈りの間を血で汚すことは心苦しかったが、今更ここではやめてくれといったところで聞き入れられるはずもない。

キラは覚悟を据え、刃こぼれをしても此処まで自分を救ってくれた愛剣を構えなおした。

その覇気が伝わるのか、それとも今までの戦いぶりに怖気づいたのか、螺旋階段から部屋へとなだれ込んできたプラント兵たちはなかなかキラへと向かってこようとはしない。

まるで、誰かが動いてくれるのを期待しているかのようだった。

このままでは疲労のあまり集中力が持たない。ふらついたところを襲われ殺されるのでは、あまりにも情けないな、とキラは唇を噛む。

一向に襲って来そうにない様子に、キラは叫んだ。

「どうした!?プラントの兵はたった一人の敵にも立ちすくむ臆病者の集まりか!?」

ここまで挑発して何も思わないのなら、それは兵ではない。見る間に殺気立ち、キラを取り囲んだ兵たちは一斉に襲い掛かろうと剣を握りなおした。

――これで終わる。

キラはどこか清しい気持ちで、彼らを迎え撃たんとスッと腰を落とした。

その時。

「待て。」

声を荒げずとも、その言葉が実行されることを疑いもしない声がその場を支配した。

ゆっくりと扉から紅い闇が姿を表す。

衣装だけではない。明らかに一般兵とは格が違うことを見せ付ける、その身を包む気配。

「陛下!?」

「・・へい・・・か?」

取り囲む兵の驚愕の叫びから、図らずもこの男の身元が知れてキラは目を見開いた。

城攻めの最前線に総大将たる王が普通来るものだろうか?

しかし秀麗な顔にいかにも自分への自信をにじませた王は周囲の驚きなど歯牙にもかけず、キラへと視線を向けて太い嘲るような笑みを浮かべた。

「お前がオーブの【暁の王子】か。」

「そうだ。貴方がプラント王か。・・・こんなところまで、王自らご出陣とは恐れ入る。」

まとわりつくような視線が不快で、キラは吐き捨てる。

しかし王はキラの問いには答えず不意にこんなことを言った。

「なるほど・・・。暁の王子と黄金の姫はよく似た双子と聞き及んでいたが・・・あまり似ていないようだな。」

「何・・・?」

姉姫のことを持ち出され、カガリがつかまったのかと背筋を凍らせたキラに、王は尚も言った。

「それとも、この女が王子に似ていないだけか?」

そういって、王は、マントに隠れていた片手に掴んでいたものをキラの足元へと投げた。

「・・・・・・・っ!!」

それは。

カガリの身代わりに、カガリの部屋で毒を飲んだ侍女の・・・首。

王は床に転がる首と、驚愕に頬を白く染め震えるキラとを見比べ、納得したように頷く。

「やはり、偽者か。無駄な事をしたな。」

なんでもないことのように呟いた王に、キラはたまらず絶叫した。

「貴方は!!死者に敬意を祓うことを知らないのか!!」

「そんなものを知っているのなら、戦争を起こそうなどとは考えない。第一、姫の身代わりにこの娘を死なせたのはお前たちオーブだ。もしそれが本物の姉姫だと言うならば、取りすがって泣くくらいしてみたばどうだ?」

キラは怒りのあまり目の前が真っ白に染まった。

王宮での暮らしは楽しいものだけではなく、時には不愉快なことも多々あった。

しかし、怒りは感じても憎しみを覚えたことはない。

キラは生まれて初めて、胸を焼く憎しみという感情に支配された。

平和だった、美しいこの国に攻め込み、街を火の海にしたのはこの男のせいだというのに――。

「貴方は・・・お前だけは許さない!!」

キラは手に握った剣に全ての怒りを込め、プラント王アスランへと討ちかかっていた。