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全身、細胞の一片までを憎しみに焼かれ、キラは走った。

距離はほんの数歩。

しかしスピードをエネルギーに変えて剣を叩き込むには悪くない距離だ。

「・・・陛下!!」

祈りの間に詰め掛けていたプラント兵が王を庇おうと前へ出るが、王は視線一つで兵を下がらせると、何の気負いもなく、走り来るキラの前へ悠然と進み出た。

当然の事ながら帯剣はしているが、柄に手を伸ばしもせず。

「・・・・っ・・!」

その姿は、今滅ぼされようとしている国の王子という立場だけではなく、今まで自らが努力し培ってきた剣士としての矜持をも酷く傷つけた。

プラント王アスランは軍事の才能だけでなく、剣の達人としても名を馳せていた。

その剣捌きは、正に神業だと。

しかし、それがなんだというのだ。今のキラにはそんなことは関係ない。

ただ目の前の男、この美しい祖国を踏み躙ったこの男へ一矢報いる、そのことだけがキラの頭を占めていた。

剣を抜かないのならばそのまま切り捨てるだけだと、キラは全力を込めて剣を振り下ろした。

「・・・ウラァァァ!!」

渾身の一撃だった。

今まで何人もの兵を退治てきたことを全く感じさせない、完璧な一刀。

肩から斜めに胸を切り裂く軌道を描いたキラの剣は、しかし何の手ごたえもなく空を切った。

外れたのではない、アスランが上身を捻るだけでかわしたのだ。

「悪くない。」

耳の直ぐ近くで笑い声交じりの低い声を聞いた。

それとほぼ同時、後頭部に激しい衝撃を受けてキラは剣を取り落とし床へたたきつけられた。

「ぐ・・っ・・・・・・」

目の前が真っ暗になり一瞬視力を失った。直ぐにちらつきながらも目の中に色が戻ってくるが、世界は歪んで見える。

直ぐには何がおこったのかは判らなかったが、おそらく組んだ両手で殴られたのだろう。

「・・・だが、感情的にすぎる。人は怒りに目がくらむと行動が単調になりがちだ。お前の師は心を鍛える事を教えなかったのか?剣の腕が泣くぞ。」

嘲るようなアスランの言葉が、倒れ付したキラの上に降り積もる。

しかし、どれほど嘲罵されようと最早キラは立ち上がることが出来なかった。

頭部を強打された衝撃がまだ残っている事もある。

だが何より、アスランの一撃はキラの心を深くえぐっていた。

今までキラが為し築いていたもの・・・オーブ王子としての誇り、剣士としての矜持、更に家族との絆、その全てをアスランは残酷に笑いながら打ち砕いたのだ。

立ち上がりもう一度剣を取れば一矢報いることが出来るならば立ち上がろうともするが、キラは空を切った自分の剣の感触に、それが無理であることを悟った。

それは、もし体調が万全であったとしても同じであるだろうことも。

王はキラが怒りに目が眩んだからだと言ったが、それだけではない事を皮肉にも非凡な才能ゆえにキラは肌で感じていた。

才能なら決して負けてはいない自信はある。

決定的に足りないのは二つ。

一つは体力の差。まだ身体の出来ていない18のキラと24を超えたプラント王では身体能力が違いすぎる。

二つ目が何より大きな理由。それは、実戦の経験。訓練や試合ではない、命をかけたやり取りでこそ得られる勘のようなもの。

数年後なら結果は違ったかもしれないが、その数年後は永久に来ないのだ。

「・・・・・・・・殺せ。」

キラは言った。

時間稼ぎの目的は果たした。カガリが偽者であると王が確信している以上、追ってはかかるだろう。だが、これ以上キラが出来ることもない。

キラは腕をつき、なんとか上身をその場に起こした。立ち上がろうと思ったが、身体を起こしただけで視界が回る。仕方なく床に力なく足を投げ出し、キラは目を閉じた。

「・・・覚悟は出来ているとでも言いたげだな。」

「・・・殺せばいい。」

キラはただその言葉を繰り返した。

他の言葉を口にする気力も湧かなかったし、また、何を言おうとこの王には通用しないとどこかでわかっていたからかもしれない。

キラは自らに振り下ろされるであろう刃をただ待っていた。

だが。

「く・・・・は・・はっ・・・あっはははは!」

キラに与えられたのは、王の哄笑だった。

くっくっ・・と尚も笑いが止まらぬ様子の王は不意に言った。

「・・・どこかで見たような光景だな。」

笑い混じりの王の言葉。

しかしその口調と声の向かう方向から言い、言葉をかけられたのはキラではない。

どういう意味かとキラが目を開き顔を上げ、王の視線をたどると、その先には一人のプラント兵が立っていた。

目立つプラチナの髪を肩で切りそろえた白皙の美貌。しかし凶暴なものを秘めた鋭い目が、女性的ですらある造作の中でその印象を覆している。

その表情は、今は何かを耐えるかのように歪んでいた。

「そう思わないか?・・・・・イザーク。」

何も事情を知らぬものだとしても判る、明らかに含みを持たせた王の口調。

イザークと呼ばれた男は震えるほどにきつく拳を握り、憎悪にあふれる目を真っ直ぐに王へと向けていた。