オーブが陥落してから一週間が経った。

火を放たれた城下町は無残な姿を晒したままだが、それでもそこに住む者たちにはうちひしがれている暇はない。

キラが自分の身と引き換えに国民を奴隷という身分から救った故に、奴隷として捕らえられる事は無くなったが、今度はそれゆえに自力で雨風を凌ぐ場所を手に入れ、自分や家族の口を養わなければならない。

町にはプラント兵が我が物顔で闊歩し、市民達へ厳しい監視の目を向けているが、幸いな事に略奪や暴行は厳しく規制されて、占領直後でありながら治安は思ったほどは悪くはない。

プラント軍の規律が厳しく命令に背けば容赦ない刑が課される故だが、それ以前にプラント軍の大部分を占める兵が、行動の自由がない奴隷達であるという理由も大きい。

となれば、心情的な問題さえ除けば、一般市民にとって執政者が変わっても税を納める相手が変わるだけ。たとえその負担が重くなろうとも、彼らには選択権はない。

勿論、長い歴史を持つ国の民である誇りとプラントへの反感、自分の身と引き換えに国民を救った敬愛すべき王子キラへの後ろめたさはある。

だが・・・、彼ら自身も生きなければならないのだ。

息を潜めるように戦禍に耐えていた国民達は、再び農地に出、商いの種を探し始めた。

・・・それは、蠢動というには、あまりにも希望のないものだっだけれど。



   *  *  *


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ・・・。」

深夜。

ふと部屋の空気が動いたような気がしてキラは目を覚ました。

王に陵辱された翌日、キラは心労と身体的なダメージにより高熱を発した。

ろくに食べることも出来ず、また手厚い看護の手も無く熱に浮かされていたのが、やっと一週間がたち、熱も下がり周囲を気にする余裕が出来たらしい。

キラが寝ているこの部屋は王子の居室として贅を凝らし整えられた自室ではない。イザークと同室の二人部屋。

彼が帰ってきたのかと腫れぼったい目蓋を押し上げ気配の先を見る。

一筋の光も無かったはずの部屋に小さな手燭の明かりが灯り、その中にやはり彼イザークのすっきりとした後ろ姿が浮かび上がっていた。

身じろいだ気配を察したのか、チラリと顔だけ振り返ったその横顔。やや赤く濁ったアイスブルーの瞳がキラを見る。

「・・・起こしたか。」

やや掠れた不機嫌そうな声と、気だるげな気配。

こんな時間に水を浴びてきたらしく、ぐっしょりと白銀の髪は濡れているのだが、それを乾かす気力もないのか髪の先端からしずくを滴らせている。

それらが、彼が今まで王の所に居たことをキラに教えた。

が、それは特に驚くべきことではない。今までも何度か、キラは熱に浮かされながらも、イザークが今日のように深夜になって帰ってきていた事を覚えている。

しかし今更それを指摘する必要はないだろう。

「・・いえ・・・。もう熱も下がったから。」

「そうか。」

イザークも特別隠す様子も無く、素肌の上に直接着ていたらしい上着をバサリと脱ぎ捨て、濡れた髪をかき上げた。

その透き通るように白い肌には目を引く緋色の痕が散っている。

恋人同士の行為によって付けられるものならば愛情の証だろうが、イザークに刻まれたそれは性奴の刻印に他ならない。

そして自分にも同じものがきつく刻み込まれていることを知っているキラは、思わずイザークの背中から目を逸らした。

「寝られるのならまだ寝ておけ。・・・明日は寝てられんぞ。」

「・・・はい。」

”御呼びが掛かった”ということかとキラは唇を噛む。勿論拒否するつもりは無いし、元々拒否権など無いが、そうなって喜べる事ではありえない。

しかしイザークはキラの予想を超える驚くべき言葉を発した。

「明朝の軍議にお前も出ろとの下命だ。」

「え・・・?」

思っても見なかった台詞に、逸らした視線を再びイザークに向ける。彼は自分のベッドに入って横になろうとしていた。

「軍議に・・・ですか?」

「何をさせられるのかは知らん。だが何にせよろくでもないことだと言うことは確かだな。」

キシ、とベッドが軋む音がやけに大きくキラの耳に届いた。

だがイザークはキラに付き合うつもりは無いらしく、一瞥することもなく枕元に置かれた明かりをフッと吹き消してしまう。

再び暗闇に包まれた部屋に衣擦れの音だけが僅かに響く。

相手の呼吸すら聞こえないような静寂の中、不意に低い声がキラに掛けられた。

「・・・気をつけろよ。」