部屋はピリピリした空気に包まれていた。 丸い巨大な卓を囲むように男達が十数名ほど座り、その背後にそれぞれの付き人が数名控え立っているが、口を開くものは誰もいない。 王の到着を待つばかりとなった軍議の席は、咳払い一つ聞こえないほどに静まり返っていた。 それだけに逆に空気は張り詰め、僅かな物音一つでこの均衡が破られそうな危うさを感じさせた。 その原因はただ一つ。 ニコルの後ろの壁際にひっそりと佇むキラにあった。 この誉れある王国の軍議の席を汚されたと感じるのか、多くの将が怒りとあからさまにしていた。そして王子であった人間が王の床に侍っているという好奇と、嘲笑と。 とはいえ、それを言葉にすればプラントにおいて絶対の存在である王の決定に異を唱えることになる。 発露を失った感情の渦が余計部屋の空気をとげとげしいものにしていた。 しかし、キラはこの部屋に充満した悪意と好奇を全く意に介した様子も無くまっすぐ宙を見据え、微動だにしない。 その表情は、驚くべきことにたった一週間前にあったはずの幼さを完全に消し去っており、どこまでも怜悧な青年のものとなっていた。 一週間寝込んだ為に、健やかそうだった頬がすっきりと削げていることも印象を変えた要因のひとつだろうが、それは単に視覚的なファクターの一因でしかない。 何より変わったのは、そのものの心を大きく表す眼。 どこか甘く、柔らかな夜明けの空を思わせたキラの瞳は、今、鉄の意志を感じさせる強い光が炯々としている。だが、その眼を鋭くしすぎないのは、深い憂いがベールのように彼全体の印象を覆っているからだった。 最早彼は自分の無力さに歯噛みし泣くしかできない子供ではなかった。 ニコルもキラの変化に気づいたためか、それとも面白がっているのか――この険悪な空気を変えようともせず、いつもの穏やかな笑みを繊細な面に貼り付けて沈黙していた。 そうして一週間前ならば眼を落とし肩を硬くしていただろう不愉快な視線を、今、キラは毅然と頭を上げ平然と受け流しているのだが――。 その視線の中に、ふと質の違うものを感じてキラはやや表情を動かした。 それは、憎悪すら含んだ激しい怒り。 その中に好奇は一切無く、視線で人が殺せるのならば・・・というほどの強い感情が込められているように思えた。 元は敵国の人間だ。心当たりは考えるまでもない。 ―――肉親か、戦友か・・・・。 キラ自身も、戦場で剣を振るった。 何人殺したか、誰を切ったかなど覚えてもいない。それほどに激しい戦いだった。 ―――もしかしたら自分が直接剣をつけたのかもしれないな。 可能性を思いつつ僅かに視線を左に向けたそこ。 おそらく、オーブ攻めで戦死されたという将軍のものなのだろう――未だに空席のままの椅子の後ろに立っているキラとそう変わらない年にみえる少年が――。 その少年の紅色の瞳が炎のように燃え、まっすぐにキラを射抜いていた。 視線が合った瞬間。 紅の少年は鞭で打たれたようにワナワナと身体を震わせ、沈黙の糸を断ち切り今にも叫びを上げて飛び掛りそうな様子を見せた。 しかしそれは行動に移される前に、彼の隣にいた金髪の青年が少年を制する事で現実にはならずに終る。 青年は少年の肩を押さえ低く一言二言声を掛けたようだが、それは彼の行動を縛るには十分な力を持つものだったらしい。 少年はキラを殴る為に握られた拳を更に硬く握り締め、ふてくされたように横を向いた。 その振る舞いはキラに向けられた視線を思うと意外なほどに子供っぽい。 この少年のこうした振る舞いは珍しくないことなのか、周囲の人間は特に気にした様子も無く――それどころか少年に同調した空気が流れ始める。 なんとか一触即発の場は免れたらしいが・・・しかし、これでこの場の空気が完全にキラを見世物とするものに決定した。 |