「そう・・・それから、キラの姉、カガリ・ユラ・アスハについてですが。」

ふと思い出したように、ニコルは話題を変えた。

先ほどの意味深な台詞を追求をしようにも出された話題は無視できないもので、アスランは相変わらず幼馴染の抜け目のなさに苦笑しつつもその話題転換に乗った。

「それが?」

「追捕はしないって・・・本気ですか?」

「いや、探索はさせている。」

「・・・捕縛はしない、ということですか。」

「ああ。それがキラとの契約の一つだからな。」

あっさりとうなずいたアスランにニコルは目を見開いた。

「だからそれを遵守すると?」

「そうさ。契約は守られるべきだろう?」

アスランはニヤリと笑い、ぬけぬけと言い放った。

勝利の為ならばどんな手段も使ってきた男が口にするにはあまりにもそぐわない台詞だが、この程度で歯が浮くようなら戦国の王は勤まらない。

それにしてもあまりにも堂々とした様子は、ある確信をニコルに抱かせた。

「・・・つまり、何をたくらんでるんですか。」

「人聞きの悪い。」

「何を仰います。無策で放置すると本気で言っているのなら貴方はとっくに墓の中です。」

「それはそうだな。」

忌憚無い、というには少々無礼な臣下の言に、アスランはニヤリと笑った。


キガリ・ユラ・アスハの行き先は、二人には簡単に予想がつく。

カガリとキラの母親ヴィアは、大国であるアプリリウス王国現国王シーゲル・クラインの実妹に当たり、キラとカガリはシーゲルの甥、姪となる。

ヴィアがオーブへの輿入れが決まったとき、オーブとアプリリウス二国間において強固な通商条約は締結されたが、地理的問題や、近隣諸国への配慮、また軍事的独立性を掲げた両国の理念の問題もあり、同盟条約は結ばれなかった。

アプリリウス王国は、いろいろな意味で隙のない国だ。

だからこそ今回オーブ侵攻の折アプリリウスは手を出すことが出来なかったのだが、カガリ・ユラ・アスハが逃げ込むとなれば状況は変わる。

ウズミ・ナラ・アスハが亡き今、カガリがオーブ王を宣言し、シーゲルと同盟を締結したら。

強引でも名目上の事でも構わない。

アプリリウスはオーブと同じく専守防衛を掲げた国ではあるが、同盟国への攻撃は自国への攻撃と同義と見され、それによりアプリリウスは軍を動かす名文を手に入れることになる。

アプリリウスがすでに国と民を失ったオーブと同盟を組む目に見えたメリットは少ないが、すべてを平らげようとするプラント王国を危険と考えれば、カガリを利用しないはずはないだろう。

いくら馬鹿馬鹿しい事でも、軍を動かすなら大義名分は必要だ。

それどころか、カガリの存在はアプリリウスと周辺国との同盟締結、ひいてはプラント王国に対抗する為に連合軍の結成にまで発展する可能性すらある。

その程度のことを、この大陸の覇権を狙うアスランが気づかないはずが無い。

気づいていて好きにさせているのなら、必ず裏がある。

それを証明するかのように、アスランはうっそりと物騒な笑みを唇に浮かべた。

「たくらむ、という程の事じゃない。俺はただ待っているだけだ。」

「もしかして、カガリ・ユラ・アスハがアプリリウスに保護される事を望んでます?」

アスランは冷徹な光を翠の瞳に浮かべ、帝王の貫禄のままに足を組んだ。

「・・・『黄金の姫』と称されたかの姫の噂は、見てくれは金の髪と瞳を写し、『暁の王子』と瓜二つの美しさ。性質は良く言えば勇猛果敢、ありていに言えばじゃじゃ馬。」

「まあ、そんなところでしたね。」

「そんな人間が、”この状況”で何もせずにアプリリウスで飼い殺しにされていられるとは思えん。」

”この状況”。それは、国を奪われ、たった一人残された肉親であるキラがプラント王の慰み者になっているという、カガリ姫にとっては悪夢としか言えない状況である。

「『黄金の姫』がアプリリウスで『オーブ王』を宣言するか、わが国に叛旗を翻せば、わが国への敵対行動として、それを理由にアプリリウスにカガリ・ユラ・アスハの引渡しを求める。」

「そういうことなら、キラとの契約も問題ない、ということですか。」

「ああ。血の繋がった姪の事だ、渡しはしないだろうが、それを理由にアプリリウスへ宣戦布告を行う。そして、アプリリウスまでの諸国は軍の通過を認めさせ、拒否すれば・・・」

「って、認めるはずないじゃないですか。」

同盟国でもない一国の軍が国土を通過することを認めるなど、国家主権を売り渡したのと同義だ。

「ならば、侵攻するだけだな。」

こともなげにアスランは言い放った。

怖いのは、それがただの絵空事で済まないだけの軍事力をプラントが有し、またその意思を持っていることである。

「入国の証拠を掴む為だけに追跡させてるんですか・・・。でも、そもそも、カガリ・ユラ・アスハがアプリリウスに向かわず、どこかに身を隠す・・・あるいは、国内で反乱軍を結成する可能性も。」

「一番つまらない結末だな。身を弁えず歯向かうなら叩き潰せばよし。何もせず消えようとするなら、少々追い立てる必要はあるな。」

「アプリリウスに渡ったとしても、あっさり引き渡されたら?」

「無いな。シーゲル・クラインは儀に厚いという男だ。血縁をあっさり渡すようだと王としての沽券にも係わるだろう。」

「アプリリウスがカガリ・ユラ・アスハを旗印にアプリリウスと周辺各国が連合軍を構成したら?」

「その時は迎え撃てばいいだけだ。急ごしらえの連合軍など単なる烏合の衆に過ぎない。面倒な小細工を弄する必要が無くて、いっそ、その方がありがたいな。」

「・・・となると、カガリ・ユラ・アスハを匿って白を切られるのが一番面倒ですね。」

「そうさせないように追跡させているんだが、そうなった場合は少し突付いてみる必要があるだろう。」

慎重で思慮深いニコルの指摘と、対する返答。

それは単なる質疑応答ではなく、実際におこるだろうことへのシミュレーションを行っているかのようだった。

本来なら質疑応答の立場は逆であるものだが、二人の間ではこれがいつもの形だ。

「アプリリウスまで落ちれば大陸制覇は決まったも同然。だがあの国には隙が無い。それもカガリ・ユラ・アスハという爆弾を抱えることで、多少国内も割れてくれるだろう。」

「・・・・・・・・・・・御意。キラには少々気の毒ですが。」

「何、これも戦の常だ。」

そこで、ニコルは深々と頭を下げ、繊細な面に武将らしい太い笑みを浮かべた。

「・・・大義名分は大切ですね。」

「だな。」

アスランはニヤリと笑う。

どうやら、プラント王国の今後の針路は決まったようだった。