「ああ、そうそう。キラと言えば。」

わざとらしく今思い出した、という風に、ニコルはポン、と手を叩いた。

ニコルにしてみれば、もう一つの本題・・・本国からの定期連絡よりも余程、早くに切り出したかった話題だった。

ニコルの口調からあるものを感じとり、アスランは顔を覆ったまま吐いた息を一瞬止めた。

「・・・昨夜、キラを寝所に呼んだと聞きましたけど。」

「・・・それが何か?」

僅かに背を正し、アスランは鷹揚にうなずいた。

不機嫌ながらも打ち解けた雰囲気を滲ませていた先ほどまでとは違い、明らかに距離を置いている。

普通の臣ならばそれで不興を恐れてこれ以上の追求は避けるところだが、臣下であり、幼い頃からの友人であるニコルには通用しない。

他人の目がある公的な場所ならともかく、二人で居るときは特に。

アスランもそれを分かっていてのポーズに過ぎないが、それでニコルが遠慮をすることはない。本心ならともかく、ポーズなのだから尚更だ。

「それで、彼は今?」

「さあ。イザークに持って行かせたが、何か用か?」

「『持って』・・・って。2、3聞きたいことがあったんですけどね。」

「そうか。今日明日はろくに動けないと思うが。」

それは自分ひとりでは身を処すことが出来ない程にアスランがキラを酷使したことを告げるもの。

思わずニコルはこめかみを押さえた。

「全く・・・キラが僕の剣を持っていたのは見ませんでしたか?」

「見たよ。随分と気に入ったようだな、と思ったが。」

解っていてあえてすっとぼけるアスランにニコルはわざとらしく大きなため息を吐いた。

「ええ。とっても気に入ってしまったので、あんまり酷いことはして欲しくなかったんですけど。」

「俺が俺の持ち物をどう扱おうと構わないだろう。」

この話題は不愉快だと顔に書いてアスランはニコルを睨むが、それでおとなしく引き下がるほどニコルは臆病でも優しくも無かった。

「全く・・・、妙に今日は機嫌が悪いと思ったら・・・。それで今、後悔と自己嫌悪に浸ってるんですか?」

「なぜ俺が後悔する必要がある。」

目を眇め胡乱な表情を向けるが、子供の頃からの付き合いで気心の知れた相手にそれは通用しない。

「偽悪的に振舞いたがるのも分かります。この国は力で押さえつけておかなければならない性質が強い国ですしね。最近は特に。・・・だからといって、プライベートまでをそんな風に過ごすのは貴方も苦しいでしょう。」

「・・・幸か不幸か、こんなことで痛むような良心は既にも持ち合わせていないな。」

「まあ、今あなたがそう仰るのでしたらそれでも構いませんけど。」

まるっきり信用していない口ぶりで言いニコルは肩を竦めた。はじめからアスランが認めるなどとは思っていない。

だが、これだけで済ませないのが、彼だ。

「・・・でも。キラの扱いは気をつけたほうが良いですよ。彼のようなタイプは取り扱いが難しい。」

ふと秘密の話をするかのように声を落とし言う。

「必要ない。裏切ればオーブごと滅ぼすだけだ。」

「・・・いえ。」

不穏に獰猛な笑みを浮かべた帝王に彼は首を振り、彼独特のアルカイックスマイルを浮かべた。

「キラは貴方を裏切らないでしょう。・・・だからこそ、いつか貴方を滅ぼすかもしれません。」

「なんだ、それは。」

「勘ですよ、ただのね。」

「・・・ニコルの勘はあたるからな。」

アスランは苦笑する。

昨夜、王に組み敷かれ、血の気が引きながらも最後まで『否』とは言わなかったあの少年。

ニコルの勘が当たるなら、彼がどのように覇道を突き進む自分を破滅させることになるのかと、アスランは想像する。

しかし、いくら考えても彼が要因で自らが滅ぶであろう事態が想像がつかなかった。

「・・・ついに、ニコルの勘も鈍ったか?」

「そう願いますよ。貴方は我等が王、いかなる大事があってもならない御身でございますれば。」

「ほざけ。」

「本心ですよ、心からね。」

これだけは茶化しているわけではないと、ニコルは穏やかにも皮肉気にも見える笑みを消した。