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「遅かったな。」

キラが玉座の間の扉を開いたとき、ウズミは一人、泰然と玉座に座っていた。

今、正に国を失おうとしている王。

しかしその面にはなんの動揺も無く、落城とそれに伴う己の死を目前としているとは思えない重々しい静謐さがあった。

それは、覚悟をしたものが持つ潔さからくるものか。

偉大な父にして王である男を、キラは改めて自らの誇りと胸に刻む。

「申し訳ありません、陛下。将軍と最後の別れを。」

「・・・そうか。」

最後まで運命を共にしてくれた忠実な友の顔を思い出しウズミは一つ頷き、血に汚れた息子の姿を痛ましく見る。

オーブの王子として教育を受けたキラは、書を良く修め、忠言を理解し、王としての心構えを水のように吸収した。

一方の武芸・・・剣、馬、弓、兵法。それらも、何を取らせても優秀な一流の騎士と成長したが、その優しげな性質は決して猛々しい争いには向かなかった。

今はその優しさから甘いところが目立つが、経験を積めば、武ではなく知を持って国を治め、名君として歴史に名を残した事だろう。

それを思うと、繰言とは判っていてもウズミの胸は震えた。

しかし、キラはウズミのそんな感傷を吹き飛ばす事実を口にした。

「今、カガリが城を出ました。」

「今だと!?」

「はい。西の回廊に一人で居て・・・。キサカに託しましたので、大丈夫とは思いますが。」

「愚か者が・・・。情に駆られて戻ったか。」

「そんな、陛下。・・・キサカさんが一緒だから、きっと大丈夫です。」

「・・・うむ。」

キサカは信頼する将軍の息子で、彼自身の能力の高さと忠誠心は疑うべくもない。

カガリには、今、この王国と運命を共にするよりも余程辛く苦しい思いをさせてしまうかもしれないが、生きてさえ居ればいつか報われる日が来るかもしれない。

自らの選択で国を滅ぼすのだ、王国の再興は望まない。ただ、一人の女性として幸せになってくれればと、ウズミは一人の親として密かに願っていた。

それだけではなく、王家の生き残りが”いるかもしれない”という事実は、これから辛酸を嘗めるであろう民の僅かな希望になってくれるはず。

「そうか・・・。しかし、時間稼ぎが必要か?」

「出来れば。」

キラは頷く。

王家の人間らしく、最後は潔い死をとは思うが、大切な姉であるカガリが逃げる時間はどうあっても稼がねばならない。

こちらに目を向けさせ、身代わりばれてカガリに追っ手がかかったとしても、その頃には安全なところまで逃げられるように。

近づく剣戟に、キラはその時が近いことを知る。――あの剣の音は将軍だろうか。

キラはスラリと剣を抜いた。

「陛下。此処は、僕が。」

その間にウズミは逃げ、時間を稼いでくれと。

しかしウズミはキラの前に立った。

「陛下?」

「お前が行け、キラ。」

「何を仰います、陛下!?」

今更本当に逃げろというわけでもなかろうと、キラは声を荒げる。

しかし、ウズミは柔らかな笑みを浮かべ、これが最後だとキラの頭を幼子のように撫でた。王としてではなく、キラ・アスハのたった一人の父親として。

「たとえ僅かな時間だとしても、親より先に死ぬものではない。」

アメジストの瞳が一瞬、あっけに取られたように見開かれた。

ついで、こみ上げてきたのは暖かな微笑。

キラは剣を収める。

「・・・判りました。父上。」

「すまんな・・・キラ。」

「いいえ。僕も、すぐに参ります。」

もとより、覚悟は出来ている。

扉の直ぐ前で聞こえる雄叫びと剣戟に別れの時を悟り、キラは父王に深くこうべを垂れる。

「父上の子として生まれ、僕は幸せでした。」

「・・・そなたの父であることを、誇りに思うぞ。」

家族ではなく、王と王子という立場的な会話が多い親子ではあった。しかし根底に流れていた親子としての愛情は、けっして薄いものではない。

それは、キラの肩を抱いたウズミの腕の強さが何よりも雄弁にそれを語っている。

その時、轟音を立てて玉座の間の重い扉が蹴破られた。

なだれ込んできたのは、オーブの青い軍服ではなく、頭から血に濡れて緑の軍服を黒く染めたプラントの兵士。

振り向くキラとウズミの視線の先で、将軍がゆっくりと倒れるのが微かに見えた。

「行け、キラ!!」

「はい!!」

キラは身を翻し走り出した。

振り返れぬキラのアメジストの瞳が一瞬微かに潤んだが・・・それは直ぐに冷徹な剣士の仮面にかき消された。