25 「・・・・・・っ・・」 鳥肌が立ったと同時に、キラは自分にのしかかる男を蹴り飛ばして逃げ出したい気分に襲われた。 だがそんなことが出来るはずもなく、キラはぐっと歯を食い絞め、愛撫というにはあまりにも無遠慮な手を受け入れた。 アスランの手ははっきりと意思を持ち、くっきりと絞首の痣が浮いた首筋から、均整良く筋肉の付いた胸板を撫でるように滑る。 キラを弄るかのように、反応を確かめるかのように、ゆっくりと。 極限まで高まった緊張にキラの胸は大きく上下し、指先の僅かな接点ですら早い鼓動を感じられるほどに脈は高い。 それでも王家に産まれた者としての誇りだろうか、キラは屈辱に蒼白になりながらも決して取り乱すことをしなかった。 「・・・・・・健気だな。」 アスランは口端を深くした。 大げさに震えて泣き叫ばれるより、キラの様は余程アスランの嗜好に適う。いきなり男娼のように媚を見せるなど論外だ。 セックスの相手としてベッドへ引きずり込んだが、王は閨の安息や駆け引きを求めてキラを望んだわけではない。一時の快楽でさえ副次的なものでしかなく、第一の目的はオーブの希望の王子であるキラを汚す事。 胸に留まった指は、厚く包帯の巻かれた胴へと辿る。白い包帯は右脇腹が僅かに赤く滲んでいた。 アスランはちょうど鳩尾で手を止めその鮮やかな緋を一瞥する。 自ら戦場で剣を振るうことも少なくないアスランにとって、血の赤は慣れた色だ。今更脅えることも、酔うこともない。 なのに、ふと、アスランは自らの胸の内に奇妙な高揚感を感じた。 かき立てられるのは嗜虐だ。一種、倒錯的な興奮。 イザークを組み伏せた時も支配欲は満足を得たが、あの時とは違うそれだけでは治まらない高ぶりを予感し、アスランは無意識に笑う。 自分が壊れた人間である事をアスランは自覚していた。 「・・・・・・気が変わった。」 「・・・・え?」 アスランはゆっくりとキラの上から退いた。 視界を覆っていた王が身を引いたことでキラが感じていた息が詰まるほどの圧迫感はなくなったが、その意味を考えるとホッともしていられない。 キラは怪訝な表情で肘をついて上身を起こした。 それで僅かに息をつくことが出来たキラは王を伺うが、彼はキラの隣、クッションに身を預けて寝そべりキラを見ていた。 その視線の暗い意思に、キラの背に冷たいものが這う。 「ただ犯して泣き叫んで許しを請うまで後悔させてやろうと思ったが。・・・お前にはそれより面白い使い道がありそうだ。」 「・・・どのように、と伺っても?」 全裸でベッドに乗った状態で言っても格好は付かないが、キラはあくまで平静に問う。それは純粋に質問すうるというよりも、王に呑まれないよう、自らを奮い立たせる意味も含まれていた。 それに返る回答が決して優しいものではないだろう事を、キラはとっくに予想していたが。 「オーブの宝、暁の王子と謡われたお前が、自ら男に跪き慰めるのも一興だと思わないか?」 「・・・」 それは質問の形をとった命令だ。娼婦のように男を慰めろと。 残念ながら、全くの無垢ではないキラにはその意味を理解できない振りでやり過ごすことも出来ない。 この問いに対し、自分の感情に反する返答を口にするには、少し意思の力を必要とした。無意識にシーツを掻いた爪によって、綺麗に整えられたそれに鋭角な皺がよる。 理性と義務感によって搾り出された声は、かすかに掠れた。 「・・・お望みのままに。」 キラの応えに、王は冷たい面にいっそ優しげな微笑を浮かべた。 「では見せてもらおうか、お前の覚悟と忠誠心を。」 「・・・はい。」 キラは激しい感情の渦の中で頷いた。せいぜい1歩2歩程度しかない王までの距離がやけに遠く感じる。 しかしここで再び逃げていると思われれば今度こそ王はキラを許さないだろう。 嫌がる身体を叱咤し、キラはゆっくりと起き上がり膝立ちで王へとにじり寄る。 オーブ王の為に職人が精魂を注いで作られたベッドは、キラの体重を柔らかく受け止めキシとも鳴らなかった。 余裕ある微笑を浮かべたまま王は動かず、また何かを語る事もしなかった。まるで、キラがどう動くのか、その事自体を楽しんでいるかのようだった。 そして、柔らかなクッションに身体を預けてくつろいだ様子の王のすぐ前に座り込んだキラは、これから自分が自分の手で行わねばならない事に覚悟を据えた。 男女のそれならばそれなりの経験はあり、王が要求しているその行為を知らないわけではない。 だが、まさか自分が男に対しその行為を行う事になろうとは思いもよらず、想像するだけで吐き気すらこみ上げる。 意識も飲み込まれそうな王の黒衣にすら殺意を覚えながら、キラは必死に嫌悪感を飲み下した。幸い、不快感を飲み込んで死んだ人間の話は聞いたことがない。 普通の男女の交わりなら、それは優しい口付けから始まるものなのかもしれない。 だがキラとアスランの間にあるのは暖かな愛情ではなく、冷め切った契約と、ぎすついた居心地の悪さ。 それにふさわしく、二人にとって初めてのセックスは、王の拒否できない命令によりあまりにも即物的に始まった。 |