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部屋の中はひどく殺伐とした空気が漂った。

艶めいたものは全くなく、狩る者と狩られる者が醸し出すのは不毛な居心地の悪さだけ。

強者である王は上着を脱ぎシャツの襟元を緩めただけの格好で、浅く腰掛けていただけのベッドに深く身体を預けると足を投げ出した。

「どうした。」

冷め切った視線が突き刺さるのを肌で感じる。

キラは奥歯を噛み締めて詰めた息を吐き、最後の躊躇いをかなぐり捨てた。

王にどう見られようと何と言われ様と、自分はあの時の決断を間違っていないと確信している。ならば、恥じる必要などどこにもないのだ、と。

「・・・何でも、ございません。」

固めた覚悟を示すように、キラは一度震える両手をきつく握る。不思議と、それで手の震えは止まった。

無遠慮に値踏みするような緑の目を真っ向から見据えたまま帯剣を外し、毛足の長い絨毯の上に落とす。

次いで、まだ着慣れるはずもない真紅の軍服の上着をぎこちない手つきで開き、袖を抜いた。

暑くもないのに緊張でじっとりと汗が噴出すのを自覚しながら、しかし手は止めずにシャツの裾に手を掛ける。

そのシャツを乱雑に脱ぎ捨ててしまえないのは、戦闘で負った傷に巻かれた包帯を引きずらないようにするためだ。

命に関わるような深手は無いが、乱暴に扱って傷口が開くのはありがたくはない。

慎重にシャツを脱ぐと、胴や肩、腕を覆う白い包帯が露になる。ズボンに隠れてはいるが、傷を負った足にも白い包帯は巻かれている。

それを見た王はあきれたように呟いた。

「・・・随分と傷を付けられたな。」

前線に出て、何よりあの塔での戦いを思えば、この程度の傷で済んだことはキラ自身の技量と、何より運が味方したからに他ならないのだが、それ以上の腕と悪運を持つアスランにしてみればふがいない結果なのだろうとキラは納得した。

悔しくないわけではないが、剣を向けたあの一瞬で感じた技量の差から言って、鍛錬不足を指摘されたのだと思えばさほど腹は立たない。

だが、それを素直に認めるのはキラも癪で。

「力不足、恥ずかしく思います。」

王の言葉を本音半ば、嫌味半ばで返すと、力不足と言いつつ自国の正規兵を何十と殺されたのではたまったものではないとでも思ったのか、王は珍しく苦笑する様子を見せた。

その表情が意外なほどに柔らかく見え、驚きキラの手が止まる。が、表情を見直した時には王の顔はいつもの冷たい色に覆われていた。

見間違いかと釈然としないながらも、キラは僅かに止めた手を再び動かした。

半長靴、ズボンと脱ぎ捨て、そして最後に下穿きに手をかける。

王の無言の威圧の中、キラは傷を覆う包帯以外肌を隠すものを取り去った。

「・・・・・・これでよろしいですか。」

布一枚を失っただけで奇妙なほどの心もとなさを覚えるが、それをおくびにも出さずキラは王を見た。

全く羞恥がないわけではないが、キラも王族の一員として育った身だ。

嘗めるように無遠慮な視線に晒される事はありえないが、他者の前で着脱し肌を晒すことにはある程度慣れている。

開き直ってしまえば王の視線もさほど気になるものではない。

「それとも、この包帯も取りましょうか。」

対峙した相手だけが衣服を纏っているこの状況で、僅かに肌を覆っているだけの包帯は、傷を隠してもキラの尊厳を守る為の役には立たない。

キラは腕に巻かれた包帯を僅かに解いて見せたが、意外にも王は首を振った。

「いらん。戦場の外でまで、進んで傷を見る趣味はない。」

「然様ですか。」

「第一、困るのはお前だぞ。男は血を見れば余計に抑えが利かなくなるものだからな。」

冷たい王の表情に死神もかくやという酷薄な笑みが浮かび、キラはゾクリと身を震わせた。

事実、戦場においては無慈悲な死神と成り果てる王だけに、浮かんだ微笑にはなんともいえぬ凄みがあった。

「それはそうと・・・お前は17・・・いや、18だったか?」

この状況で不意に年齢を問われ、やや面食らいながらもキラはうなずいた。

「はい。18になったばかりですが・・・。」

「そうか。」

王はキラの身体の一点に視線を止め、小さく笑う。

「まだ子供と思っていたが、・・・確かに子供だな。」

一瞬意味を計りかねたキラだが、その向けられた視線の先に思い当たると、カッと頬を染めた。

「・・・・・・・っ・・・!」

露になった腰のものを鼻で笑われ、反応を返せば相手の思うツボと判っていつつも頬が赤くなる。

狼狽すれば王を喜ばせるだけだと、床を睨んで必死に冷静さを保とうとするが、その様子こそが王を楽しませているなどキラは思いもよらない。

「さて。服を脱いで、それで終わりか?キラ。」

問いかけの形をとりながらも、明らかにその先を命じる王の言葉。

しかし、男女の経験はあっても、男同士・・・しかも、犯される側になどなったことがあるはずもなく、その知識も大まかなものしかないキラだ。

この後、具体的にどうするものなのか考えもつかずキラは戸惑うが、その気配を感じ王が笑う。

「なるほど、どうすれば良いかわからないのも無理はないか。」

その声音がひどく優しげに響いて、それが逆にキラを恐怖させる。

「安心しろ。一から教えてやるさ。・・・俺に身を売ったというその意味を含め、何から何までな。」

それはあまりにも傲慢な宣言。

だがこの男は間違いなく、一片の優しさを伴うことも無くそれをするだろう事を、キラは戦慄と共に確信した。