22 オーブ国王の寝室。 その中央にしつらえられたベッドは天蓋がついているわけでもない一見簡素なものだが、それは王の褥にふさわしく見えぬ場所にまで手間をかけられた最高のものだ。 内装も部屋の主の趣味を表し、決して華美ではないながらも品の良い重厚なものがしつらえられている。 父の部屋はキラの想像通りのものだった。 ・・・”想像”するしかなかったのは、キラがこの部屋に足を踏み入れたのは、記憶にある限り一度だけしかなかったからだ。 国王である父王の寝室には、例え息子であるキラであっても簡単に足を踏み入れることを許される場所ではなかった。 姉姫のカガリはそんな王家の堅苦しさを嫌ったが、長い歴史を持つ国ではある程度は仕方がない事だとキラは理解していた。 ただ一度許されたの機会も、10年以上も前の事。 母が病を得て亡くなり、その寂しさにカガリと共に父のベッドに潜り込むことを許されたそのときただ一度だけだ。 あの時、母を失った悲しみを包み込んでくれた父の大きな腕の中と温もりをキラは良く覚えている。 しかし、今。 キラの目の前には冷たい表情を浮かべた黒衣の王がいる。 王がこの部屋の内部を変えたはずは無いのだが、一夜にして主を変えた部屋はキラの心を裏切ってどこまでも冷たく感じられた。 それどころか、此処で父王が寝起きをしていたと思えば、逃れられぬこれからの災厄を考えるだけで心身が凍りつく。 事実、部屋に数歩入ったところでキラの足は竦んだ様に止まってしまった。 しかし王はキラの躊躇など気にした様子もない。 漆黒の上着を無造作に脱ぎテーブルに投げ置くと、ドサッとベットの端に腰を下ろした。職人の手によって作られたベッドは、キシとも音を立てずにその重みを難なく受け止める。 「さて。」 ベッドに両手を付き足を組んだ王は、ニヤリと笑った。 嗜虐的な、獲物をいたぶる獣の目だった。 「参考までに聞くが、経験は?」 僅かに揶揄を含んだ声。 呑まれるな、とキラは自分を戒めた。 「・・・オーブに同性愛の慣習はありません。」 「そういう事は、女と寝たことはあるか。」 隠したところで意味は無い。キラはうなずいた。 代々オーブ王家では15才で成人の儀を執り行うが、その折、王家の男子は女性と一夜を共にするのが慣例となっている。 百年ほど前、その儀式は成人の儀式の一環としては廃止されたが、王家の血を守るためにも、儀式は非公式ながらも密かに続けられていた。 15の成人の儀の折に、キラもその儀式を受けている。 だからといって儀式後も好んで女の身体を楽しむような事はなかったが・・・。 「それが何か?」 「思ったより冷静に見えるからな。ここまで来ても状況を理解していないのかと思っただけだ。こんなつもりじゃなかった、と騒がれるのも興ざめだからな。」 キラにしてみれば、男を相手にしてどこが興が乗るものなのかと聞きたいところだが、どう足掻こうと避けられない以上、それで態々不興を被ることもない。 「疑問が無いわけではありませんが、今更騒ぎ立てるつもりはございません。」 今のキラにとっては、精一杯の皮肉だ。 チクリと声音にそれを含めた事に鋭敏な王が気づかないはずもなく、ニヤリと笑う。 「疑問、か。俺が女を好もうと男を抱こうと、お前が気にすることではない。」 「承知しております。」 キラにしても、よりにもよって父の部屋で自分を辱めようと考える王の精神構造を理解したくも無い。 どこか思考の一部が凍りついた状態で目を向けると、上着を脱いで全くリラックスした様子の王はシャツの襟元を緩めていた。 上着のみならずそのシャツまでがまるで喪服のように黒く、彼が持つ唯一色づいた翠緑の瞳がやけに鮮やかに見える。 その色は緑豊かなオーブの国の・・・キラが生まれた月の、萌える若葉を思わせた。 「・・・・・・・何をぼうっとしている。」 王に言われてキラはハッと我に返った。 キラは姉姫であるカガリによく「ほんと、お前はボンヤリだな」とからかわれる事があったが、本当になにも考えず呆然としていることは滅多に無い。 それが今、自分が完全に場違いなことを考え呆けていた事実に単純に驚きながらも、キラは慌てて頭を下げた。 「は、いえ・・・、申し訳ありません・・・。」 「この状況を理解しているのなら、そんなところでぼうっと突っ立っているな。まさかとは思うが、『脱がせてくれ』など言うなよ。」 「・・・・・・・そのような・・・」 まるで娼婦を相手にするような直截な物言いに、感情が跳ね上がるのを押さえ込む。 そう、わかっていなかったわけではない。 が、ベッドと目の前に立つこの男を目の前にして、改めて事の生々しさにキラは息を呑んだ。 頭ではわかっていても、理性と感情は別物だという事実をキラはこの一日で何度となく思い知らされた。 そして今、キラは、話として聞いたことが無いではないが・・・男である自分が男である王に抱かれるという、この異常性に改めて竦んでいた。 しかし、王がキラの事情を酌んでくれるはずもなく。 「ならばさっさと来い。」 微かに苛立ちを含んだ王の口調に次は無いことを悟り、キラはぐっと奥歯をかみ締めて微かに震える指をごまかした。 |