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「重いですか?」

受け取った剣の重みに微妙な表情を浮かべたキラにニコルが聞く。

基本的に、同じ型の剣でもプラントの剣はオーブのものよりも重い。

それは国によっての好みということもあるが、それ以上に鋼の精錬の完成度が大きく関係している。

オーブから産出される鉱石の質は勿論あるが、それ以上に決め手となるのは何よりも鍛造技術だ。

軍備に熱心なプラントの技術も決して低くは無いが、どちらかというとその技術は大量生産に向き一点一点の完成度はそう高くは無い。

一方のオーブは、量産は難しいがその出来栄えは最高峰の完成度を誇る。

プラント最高部隊の大隊長であるニコルの剣は勿論一般兵には望むべくも無い良いものであるのは間違いないが、オーブの王子であったキラの持ち物であった剣は、当然の事ながら王家に献上された一級品。

そもそもの物が違う。

「体格は僕と同じくらいなので大丈夫かと思ったんですが・・・もし使い勝手が悪いようなら、もう少し軽いものを用意しますが?」

剣を渡すというのはあくまで象徴的な儀式であり、渡すべき剣は使用していた物で無ければならないと決まっているわけではない。

キラには悪いが、オーブから接収した剣から適当なものを見繕うかとニコルは考えるが、硬い表情のままキラは首を振った。

「いいえ・・・大丈夫です。僕もこれからは・・・プラントの剣に慣れないといけないから。」

プラントの軍服を纏い、プラントの剣を振るってでも、オーブを背負う。

それがキラが決めた覚悟だ。

「・・・そうですか。」

ニコルはそれだけを言った。キラがそう腹を決めたのなら水をさすこともないだろう。

これからのキラの処遇は王次第だが、今後キラが傍仕えとしてだけで在るのなら大層な剣は必要ないし、戦場に出れば剣はほぼ使い捨てだ。まともに戦えばよほどの剣で無い限り戦闘の最中に折れる。その後は敵か、死んだ兵から剣を拝借するしかないが、その相手が味方か敵かは運次第だ。

そういった意味でもキラの選択には一理あると思ったのだが、脇からあっさりとニコルの気遣いを無に帰す声が横槍を入れた。

「何言ってる。そんな必要はないだろう。」

イザークだ。

「でも、僕はもう・・・」

「だから。それがなんだと言うんだ。戦場で剣が折れて仕方なく使わなければならない場面でもなし、用意すると言っているのだから扱いなれたオーブの剣を用意させてやればいい。」

腕を組みつんと顎を上げて言い放ったイザークに、ニコルは思わずこめかみを押さえる。

これが彼なりの・・・下手な遠慮はするなという気遣いであるという事は判ってはいるが、物には言いようがあるだろう。

「・・・貴方はもう少し遠慮を覚えたほうがいいと思いますけど。」

「何か言ったか!?」

「・・・いいえ、何も。でも、イザークの言う事は間違ってませんよ、キラ。剣はお飾りじゃないんですから、扱いなれた剣の方がいいに決まってます。遠慮はいりませんよ。」

もちろん、決めるのはキラですけどね、とニコルは付け加えたが、キラは迷ったようにアメジストの瞳を揺らした。

その様子は、どうするか決めかねているというよりも、この状況自体に戸惑っているようだった。

俯き僅かに沈黙したキラは、ふと顔を上げてニコルを見る。

「一つ・・・聞いてもいいですか?」

「なんでしょう。」

「・・・なぜ、貴方は軍人になったんですか?」

意外な質問に、ニコルは目を見開いた。

「また唐突な質問ですね。・・・それにそれは僕に対する侮辱ですか?」

言葉のわりに、ニコルに声には全く怒りがない。それどころか、吹き出しそうに楽しげにさえに聞こえる。

答えたのはニコルではなく、イザークだった。

「そいつは生粋のプラント宮廷貴族だ。プラントでは貴族も相応の理由が無い限り、将兵として随軍することが義務だ。」

「・・・そういうことです。」

一息に他人から説明されてニコルは小さく肩をすくめた。

正確には、貴族が軍に入らなければならない事は事実だが、抜け道が無いわけではない。極端に虚弱であったり、本国に一定以上の文官としての役職を持っていれば兵役は免除される。

そこまで詳しく説明されたわけではないが、キラは納得できない。

「それだけなら自分に命じられた事だけを無難にこなすだけでいい。でも、ニコルはそうじゃない。王へ忠誠を示し、幼馴染として友情のために動くのならまだしも、それだけにしては僕への扱いは丁寧すぎる。僕に剣を与えてくれた事も、こんなに心を砕いてくれるのも、全てニコルの判断なんでしょう。」

「・・・まあ、そうですね。」

「優しすぎるよ。ニコル。」

予想外の発言に、ニコルだけでなくイザークも、一瞬言葉の意味が飲み込めないという顔になる。

「やさしい・・・ですか?」

「辛くは・・・ないの?」

ついさっき剣を突きつけられておいて『優しすぎる』など、と、イザークは呆れ返った顔をするが、キラは真剣だ。

考えれば考えるほど、キラに対するニコルの行動は計算づくではない。そもそも、現時点のキラにそんな価値は無い。

しかしニコルは、王の忠実な臣下、軍人としての役目を果たしながらも、他者への配慮を忘れない。それが、ほんの一刻前まで敵として戦っていた相手であってもだ。

だがその反面、彼は自分の心を殺してでも冷徹に振舞えるだろう。

ニコルが指揮するのはお飾りの軍隊ではない。戦場の最前線に立つ軍の指揮官ともなれば、非情な決断を下さなければならない事も多い。プラント軍の通ってきた道には、一都市が完全に廃墟と化した殲滅戦もあったと聞く。

ただ情に流されていられるだけじゃないからこそ、優しくとも甘い人間ではないからこそ、こんな彼がよりにもよってプラントの軍人として在るのは辛いだろうと思うのだ。

「・・・底抜けのお人よしが・・・。」

イザークは思わず深いため息をつき、ニコルもまた同意を示すように苦笑する。

「僕はそんな人間じゃないですよ。貴方に配慮をしているのも、打算からです。」

「・・・本当に?」

「ええ、そうです。」

「理由を聞いても良い?

「・・・貴方はいずれ陛下の大きな力になる。そんな気がしたからですよ。」

それは意外な答えだったのか、キラの目が困惑に瞬いた。

プラントに忠誠を誓ったのは確かだが、そんな期待をされても困る。正直な心境としては、残されたオーブの民に災いが降りかからないならば、プラントなどこの瞬間にでも滅びれば良いと考えているのだ。

「ありえないよ・・・。」

「それならそれで構いません。僕の見る目がなかったというだけの話ですから。」

ニコニコとどこまでも温和な微笑をたたえたままニコルは答えた。言葉とは裏腹に自分の判断に大きな自信を持った声音だった。

イザークは仁王立ちになって腕を組みそんな彼を睨むようにじっと見ていたが、不意にいらだたしげに口を開いた。

「前から思っていたが・・・ニコル、お前は何故そこまで王に忠義立てする?子供の頃からの付き合いは関係ない。それだけの価値を認めなければ、お前はここまで動かないだろう。」

数年の付き合いの分、イザークはキラよりもニコルを知っている。

彼は本来、戦場に立つよりも楽を愛する穏やかな性質の人間だ。だからこそ、あれほどまでに冷酷、残酷に振舞える王にニコルが付いていけるのかが不思議なのだ。

イザークとキラ、二人の探るような視線を浴びたニコルは、当たり前のことを聞かれたかのように『簡単なことですよ』笑った。


「この広くて狭すぎる世界には、あの人が必要だと、そう思ったんです。」