13 「騒がないで下さい、イザーク。キラも、動かないでくださいね。」 「・・・ニコル貴様っ・・!」 無表情なニコルの声に、イザークは息を呑む。 イザークがニコルと付き合い始めて3年近く経つが、彼がいきなりこんな真似をするのは始めて見る。 戦場では優秀な戦士であり冷静な指揮官である彼だが、元の性質は穏やかで争いごとを厭う人物と思っていただけに、イザークは愕然とした。 勿論それはいきなり剣を突きつけられたキラも同様だ。 いくら疲れて考え事をしていたとはいえ、それでもキラが反応しきれなかった速さ。 アスランに切りかかったときのような、自分との力の差というものは感じなかったが、それでも中々お目にかかれない鋭い一撃だった。 今まで和やかに話していた相手だけに、キラも驚きを隠せず、動くに動けない。 「先ほど言った事は事実ですし、必要な通達事項である事は間違いないんですが、僕が個人的に言っておきたい事があるんです。」 なんでもない世間話をしているような口ぶりとは裏腹に突きつけられた切っ先は鋭い。 アメジストの瞳を真っ直ぐに見つめるシトリンの瞳は怖いほど真剣だった。 「もし貴方が陛下を僅かでも傷つけるような事があれば、僕が貴方を殺します。」 ぐっと肌を刺す剣先に力が篭った。 スッと眇められた瞳が、彼の忠誠心ともまた違う、プラント王アスランへの感情を垣間見せた。 ただの一臣下としてだけではないそれは、王への絶対的な信頼と尊敬、そして・・・他者からは計りきれぬ、友情のようなものを感じさせた。 それがとても意外で、キラは突きつけられた剣の存在も忘れてあっけに取られた。 キラが王へ額づいたあの塔で見た限りでは、王と兵たちの距離はあまりにも遠く、兵の王への態度は畏敬を通り越して恐怖すら感じているように見えた。 伝え聞いたプラント内部の話としても、アスラン王の思考、決断はあまりにも苛烈すぎて、周囲の貴族、将兵は、王に命令を下されればそのままに動くしかないと言われていた程に。 それらの事実から何とはなしにプラント王アスラン・ザラは孤独な独裁者というイメージを持っていたため、ニコルの行動はキラにとってひどく意外なものだった。 しかし、彼が今言ったように子供の頃から遊び相手として友情を築いてきた事実があるのなら判らないものではない。 鮮烈な驚きを覚えるが、それは決して不快なものではなかった。 むしろ、元々王族という特殊な産まれであるキラには、王に真の忠誠を捧げる臣の存在は好ましいものに映った。それが、好意を抱き始めていたニコルならば尚の事。 「・・・判りました。肝に銘じます。」 「そうして下さい。・・・僕は結構キラが気にいったので、出来るなら仲良くしたいですから。」 ニコルはキラの返答に満足した様子で剣を引き鞘に収めながらニッコリと微笑んだ。 「剣を向けておいて仲良くしたいという奴があるか!!」 「大丈夫、イザーク。僕は気にしてないから。」 「さっきからお前は気にしなさすぎだこの腰抜け!」 ニコルが剣を引いた事でイザークが椅子を蹴倒して詰め寄るのを、キラが制止する。 しかしなかなか治まらない様子のイザークに、ニコルはまあまあと適当に宥めつつも一つの提案としてこんな事を言い出した。 「じゃあ、お詫びにキラにこの剣を差し上げます。」 それでどうですか?と、ニコルに何の気負いも無く腰に吊るした帯剣から剣を引き抜きキラへ差し出され、二人はまたしても息を呑む事になった。 「・・・・・・・・本気か?」 「・・・・・・ニコル・・・?」 先ほどから彼の行動に驚かされっぱなしの二人はまたしても声を失った。 それほどにニコルの剣を差し出すという行為には意味があった。 自分の剣を与えるという事は、ただ物理的に剣を譲るというだけでなく、その相手を認め庇護するという宣言に他ならない。 そこには法的な契約の力はないが、それだけにその行為は歴史も古く大陸中で同じ意味を持ち、精神的に強い拘束力を持つ。故に、普通はこれはこんな簡単に成される儀ではない。 「言ったでしょう。僕はキラが気にいったんです。」 冗談のように剣を差し出したニコルだが、紛れも無く本気だと繊細なつくりの唇に太い笑みを浮かべた。 先ほど、キラを脅迫するかのような宣言と、今の、庇護を約束する行為。 全くの整合性も無い行動に見えるが、そこには一つの明確な筋が通っている。 それは、彼がキラの行動に責任をとるという事。 純粋な好意からだけでなくキラを手中にする事で彼にも得るものがあるのかもしれないが、プラントの内部事情を知らない今のキラには判断がつかない。 剣を受けないという選択もある。人によっては侮辱されたと恨みを持つ可能性はあるが、ニコルはおそらく笑って『そうですか』と剣を引くだろう。 しかし・・・キラもまた、この若草色の髪をした青年が――度々驚かされはしたが――気に入り始めていたし、何も知らないこの国で生き残っていく為には、確かに味方は必要だった。 剣を受ける事でキラはニコルとも契約を交わす事となり、ひいては更にもう一つの誓約でプラントに縛られることになるが、これはデメリットよりもメリットの方が大きい。 断る理由は無い。 「・・・わかりました。」 ニコルは約束を違えるような人間ではない。 繊細で優しげな外見に騙されそうになるが、間違いなく彼は見た目とは裏腹に豪胆な男だ。 キラが王を、プラントを裏切る事があれば、今の宣言通りにキラを殺すであろうし、またキラが王に忠誠を誓い続ける限りは誓約にかけてキラを庇護するだろう。 「お受けします。」 キラは一歩進み出て、しっかりと両手で剣を受け取った。 |