深夜でありながらも窓から覗く町は明るく見渡すことが出来た。

劫火。

城下町に放たれた火は天を舐めるほどに燃え上がっていた。

門を閉じる前に出来る限りのものは街の外へ逃したが、それでも動けないものなど、街に残ったものは多い。

時折、猛々しい兵の雄叫びに混じって細い悲鳴が聞こえてくる。

「・・・く・・・そっ・・・・・!!」

城壁から玉座の間へと続く階段を駆け下りる少年はギリっと歯を鳴らし、無意識に腰に下げた剣の柄を握った。

ついさっきまで城壁を登ってくる敵と戦っていたのだろう。細身の体を包む軽鎧は血と刀傷に汚れている。

しかし、血と煤に汚れても鮮やかに浮かび上がるのは、一般兵ではありえない、鎧に打ち出された紋章。

それは、咆哮する獅子。

その意味するものが、彼に足を止めることを許さなかった。今起こっている悲劇、そのすべてから彼は逃げることは許されない。

今・・・滅び行くこの国の王子として。

艶やかな鳶色の髪は戦いにくしゃくしゃにほつれ、男でありながらも国中の美姫も顔色なしと謳われた花のかんばせは煤と血に汚れていた。

瞳は、滅び行く国の悲鳴を聞いているかのように悲痛な色をにじませても、未だ極上のアメジストを思わせる輝きを失うことなく真っ直ぐに正面を見据えていた。

その瞳の色と、優しく慈悲深い性格から呼ばれた、【暁の王子】の名に恥じることなく。

一国の王子でありながら彼は城壁にのぼり、必死に指揮を執っていたが、圧倒的な兵力の差はどうしようもなく、城は制圧されつつある。

しかしまだ、彼にはやらねばならないことがあった。

それはこの国の王子として、死ぬこと。

玉座の間に父王ウズミがいる。

彼と共に、明確な死を持ってオーブの敗北を示すことだけが、今彼に課せられた責務だった。


階段を駆け下り、玉座へ続く回廊を走る。

ドオォォンと打ちつける音は次第に大きくなり、キラに時間が残されていないことを教えた。

唇を噛み、回廊を曲がる。

「・・・なっ!?」

そこで待ち受けていた光景に、もう動揺するようなこともあるまいと思っていたキラが息を飲んだ。

「キラ!!」

足音に気づき、肩に触れるほどの金の髪の少女が振り向き、駆け寄る。

近く向かい合わせになったキラと少女の顔は、まるで鏡合わせにしたかのように似通っていた。

いや、瞳と髪の色を違えるならば、と注釈がつくだろうか。

少女の髪は光をはじく金。そして、瞳は金を思わせる琥珀。

そしてまた、男であるキラの方がつくりが繊細で、少女の方が線の太いものを感じさせた。

それは、オーブの民ならばわからぬものはない・・・【黄金の姫】と謳われるキラの姉姫カガリであった。

・・・もう、とっくに城外に逃れ、王ウズミの妻、キラとカガリの母の生国へと向かっていなければならないはずの。

「まだこんなところで・・・!?何をしてるんだ、カガリ!一緒に行った侍女はどうした!?」

息を弾ませて駆けつけたキラは、動揺のあまり声を上ずらせて叫んだ。

「私だけ逃げるなんて嫌だ!!行くならキラ、お前も一緒に・・・!!」

「カガリ!!」

「何で私だけ逃げなければならない!?逃げるならキラの方が・・・!!」

悲鳴にも似たその叫びにキラは一瞬顔をゆがめるが、きっぱりと首を振った。

「駄目だよ。僕は此処に残る。」

「なら私も・・・!!」

「駄目だよ。君は行くんだ、カガリ。女の子の君の方がまだプラントの追跡の手はゆるい。僕が逃げればプラントは僕を探し出すために残った国民へ何をするかわからない。」

カガリには知らされていないが、カガリには身代わりが用意された。

逃げる彼女の代わりに、年恰好、髪と瞳の色が似た少女が選ばれ、既にカガリの部屋で自害を遂げているはずだ。

その時、乱れた足音が二人に近づいてきた。

「門が破られました!!カガリ様!どうかお早くお逃げください!!」

息を切らし駆けつけてきた近衛兵の言葉にキラは顔色を変えた。

門が破られたとあれば、もう時間は殆どない。

「早くするんだ、カガリ!!」

「嫌だキラァ!!」

もう自分でも何をどうして良いのかわからないのだろう。

カガリはキラにすがり付いて泣きじゃくる。

その気持ちはわからなくはない。

でも。

「・・・ゴメン。」

鈍い音が落ちた。

そして、カガリの息を詰める声。

「一人生き延びて、辛い思いをさせてしまうけど・・・君はどうか生きて。」

当身を入れられたカガリは力を失い、キラに支えられて宙に浮いた。意識を失ったカガリを抱き上げ、キラは報告に駆けつけた近衛兵へと託す。

「来てくれたのが貴方でよかった。よろしくお願いします・・・キサカさん。僕は、行かなきゃ」

キラは、自分たちの教育係をしてくれたこともある近衛兵・・・キサカに微笑んだ